精進落としとは

お通夜・告別式と日をまたぎながら続いて、初七日法要までを済ませると続いて仕出し弁当などを振る舞っての会食会が行われることがあります。
仏式の葬儀においてこれは「精進落とし」と言われる葬儀の一環であったりします。
本来、古式では七々日すなわち四十九日が明けるまで遺族は生臭物を避け、精進料理にて過ごすというしきたりが有りました。
最低でも7日間、最長で四十九日にわたるこの忌中を終えて、初めて生臭物も口にするのが「精進落とし」というタイミングでした。
現在では告別式に引き続いて火葬を行い、そのお骨が帰ってくるのを待ってそのまま初七日法要まで済ませてしまうのが一般的となって来ました。
遠方からの参列者の都合などを考慮しての変化ですが、初七日が当日になればそれに付随する形で精進落としも告別式当日に行う流れとなってきています。
またさらに、葬儀の段取りによっては火葬を行なっている最中の時間に精進落としの会食を行う場合も増えています。
本来の精進落としの意義からすれば初七日法要に先立って行うのは少々おかしいのですが、何分忙しい現代人の都合上、一時間程度でも手持ち無沙汰な時間を作って参列者の時間を拘束するより、空き時間に会食を行うことで全体の時間を短くしようという方向性が主流となっています。

ねぎらいと感謝のふるまい

そもそも精進落としという習慣自体が、仏法の本義から行けば余り根拠のない話ですので、宗派によっては初めからそうした会食などを一切取らない場合も有ります。
加えて、お通夜→告別式→初七日→精進落としまでの時間が一日に満たない事も多くなった昨今では、すでにほとんど拘るべきところはなくなっていると言えます。
ですので、「精進落とし」という名こそついていますが、実際のところは喪主より参列者と世話役、僧侶へのねぎらいと感謝の振る舞いであると考えておけば良いでしょう。
社会的な役割を見ても、そちらのほうがすでにメインとなっています。
実際の精進落としの流れを見て見ましても、喪主より感謝の挨拶があって、乾杯、遺族がビールなどを持って参列者に挨拶がてらお酌をして回るという光景が一般的です。
ただ、ひとつの意義として精進落としには「精進料理の終わり」という意味が込められていますので、そこで供される料理には刺し身や肉など何がしかの動物質が入っていることになります。
喪主・遺族となった場合の精進落としの考えは先に述べたとおりで、参列者としては一応のそうした意義があることを覚えておいても良いでしょう。