三途の川の渡し賃の話

お葬式という儀式に於いては、日常関わりがないために色々わからない事がたくさんあります。
副葬品のルールなどもその一つで、故人の愛用品や花と言ったものを棺に収めるのはわかりやすいのですが、これが脚絆や三角巾、古銭となると正直どういう意味があるのかよくわからないのでは無いでしょうか。
それでも、とりあえず葬儀屋さんが用意してくれたので、よくわからないけれど入れてもらって、ありがたいような顔をするということがよくある話でしょう。
この内の「六文銭」ですが、これには「三途の川の渡し賃」という意味があります。
正確には「冥銭」といい、金額は地蔵信仰から影響を受けたものであると考えられています。
6体の地蔵菩薩に渡すので六文という額が決まったわけです。
そして、六文の用途は、死後に渡るとする三途の川で、ちゃんと船に乗って彼岸へと渡してもらうの必要な「船賃」というわけです。
当たり前ですが、古代、まだ一般庶民に貨幣経済が浸透する前はこうした「三途の川の渡し賃」という考えはありませんでした。
しかし、貨幣経済が浸透し、なんでも貨幣で取引ができるようになってくると、やはり「三途の川だってタダでは渡れないんじゃないか」という考えが出てきたようです。
では仮にその六文が無いとどうなるかといえば、まとっていた衣を剥がされるという話です。
もっとも、本来三途の川は現世とあの世、此岸と彼岸を分ける境界であり、現世のしがらみは全て捨て去る場所でもありますので、お金が有ろうがなかろうが、地位や肩書きの衣は全て剥がされると考えるのが筋でしょう。
また、べつの考えでは三途の川がお金を使う最後の機会であり、ここで使う六文銭が、現世から離れる一種のけじめであると捉える向きも有るようです。

死後もお金に困らないように

最初の頃は、銅銭の六文と、米や塩(どこでも通貨として機能するからでしょう)を小袋に入れて副葬品として収めていたようですが、銅銭をそのまま入れてしまうと火葬にした後が面倒ということもあって、現在では紙に書いた六文銭で代用していることが多いようです。
元々額や通貨に特別の規定があるわけではありませんので、どうしても故人の黄泉路が心配であれば、自分で考えた巨額のお金を持たせても良いでしょう。
ちなみに世界では、それ専用にデザインされた紙幣の「冥銭」が副葬品となることも有るようです。
この場合、独自の通貨単位だったり、なぜか米ドルに似たものだったりします。
こちらの冥銭は最後のお金というわけでもなく、ストレートに死後もお金に困らないようにという送金の意味合いがあるようです。