御嶽山の霊神について

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御嶽山とは

御嶽山は長野県と岐阜県の県境にある山です。
標高は3063メートルにもおよぶ高い山麓であり、古くから霊魂が宿る山として地元の人たちから崇められてきました。
日本では富士山をはじめとして山と死生観を結びつけて考える信仰があり、
人が亡くなったあとの魂の行方や、この世に戻ってくる場所として山中に社が立てられてきました。

御嶽山における信仰はそんな山への信仰の中でも特に奥深いものであり、調べるほどにその哲学や死生観について掘り下げて考えるきっかけになります。
御嶽山信仰は簡単にまとめられるものではないのですが、今回はそのほんのさわりの部分となる基本的な考え方を紹介していきます。

まず「御嶽山(おんたけさん)」は、もともと「おんたけ」という普通名詞としてごく一般的な山のことをさす言葉でした。
それがいつしか山の中でも高さや形などが飛び抜けて美しかったり荘厳であったりするものを指す言葉となったのでした。
つまり、御嶽山はそれだけ信仰の対象としてのランクが高いということを示しています。
なお似たような言葉の使い方に、伊勢神宮は正式名称は「神宮」とされています。

御嶽山の歴史

御嶽山に霊威がいつ頃から伝えられるようになったかについては、実は正式な記録は残っていません。
記録では、大宝二年(702年)に信濃の国司であった高根道基が頂上に奥社を創建したとされており、
のちの宝亀5年(774年)に光仁天皇が悪疫退散を祈願するように命じたという記録があります。
その後も時の為政者によって祈願されたという記録が度々残されていますが、記録以前にどのようにしてそこに霊神が宿ったとされるかははっきりわかっていません。

御嶽山の信仰は仏教伝来以前からのものであるため、非常に特殊な方法によって信仰の儀式は行われます。
信仰団体のことを「講」としており、地域ごとに構成されています。
講では信仰の指導者がおり、「先達(せんだつ)」と呼ばれます。
御嶽山の儀礼においては先達が「御座立て」という方法がとられ、これをすることにより託宣を受けて運勢などを占っていきます。

御嶽山の山中には霊魂碑と呼ばれる石碑があり、講の先達は霊魂となって御嶽山に鎮まるものといわれています。
御嶽山に登拝をする場合には、里宮を参拝したあとに講の霊神碑を拝んで御座を行なっていきます。

必ずしも登拝する全ての人が儀礼に従わなくてはいけないということはないのですが、それでも敬意を持った態度で御嶽山には登るようにしたいものです。